食生活は、心の状態を表す。
どうもこんにちは〜。あおちゃんです。
足が悪い、うちのばあちゃん。お昼ごはん何か買ってくるけど、何がいい?って聞くと、ばあちゃんはいつも「いなり寿司で、いい」と言う。(ちなみに彼女は、全くお金には困っていない。)
別にいなり寿司が好きなわけではないのだ。本当に食べたいものを遠慮している。
そんな空気が彼女からいつも出ているのだ。
〜「で」いい。
何気ないその口癖を、わたしもかつては死ぬほど使っていました。
わたしなんて、これ食べてりゃいいのよ
パワハラに合い、婚約破棄に合って、自暴自棄だった頃のわたしの食生活は、今と比べ物にならないくらいそれはそれは鬼凄まじくひどいものでした。(菓子パンオンリーとか、カップラーメンとか)
自分に粗末な食べ物を与える、もしくは暴飲暴食を繰り返すことで、自分の価値のなさを戒めようとしていたと思います。部屋の状態は心の状態を表すってよく言うけど、食生活こそ、それはモロに現れてきます。
元々食べ物に関して興味がないっていう人なら話は別ですが、食べ物をはじめ、生活習慣や言葉に現れる自分への制限や我慢は、自分の中にある「〜してはいけない教」を頑なに守り、強化している場合がほどんど。
・贅沢してはいけない
・自分だけがいい思いをしてはいけない
・わたしごときがこんないいものを食べていいはずがない (ここまでくるとただのドMww)
そしてそれは、ほとんどが幼少期に築いたただの幻想に過ぎないのです。
自分に許可を出す練習を
自己否定は、家族間で連鎖することを知っていますか。生まれて初めて一番最初に気づく人間関係が親で、主に母親の姿を真似て育つのが、子供だからです。
お母さんの口癖を、子供がよく真似ていますよね。大好きなお母さんだからこそ、その価値観やルールをインストールするのは、子供がその環境を生きぬく上でとても自然なこと。 でも、大人になってもいつまでも子供の頃の偏ったルールに固執し続けていると、いろいろと弊害が出て自分を不自由にさせます。その不自由さに、自分が苦しんでしまいます。
もう、誰にも遠慮せず好きなようにやっていいんだよ。いいよいいよイイヨ〜って小さなことから許可を出していく。我慢していたものを解禁してみたり、食べたい!と思ったら今食べてみたり、ずっと食べちゃだめだって言われてきたものを食べてみたり。
そうやって自分の気持にOKを出して解放することで、自分が自分を縛り付けていただけだったんだなぁと気づけるようになってきます。(やっぱりドM‥)
さて、今日は何「が」食べたいかな?
結局ばあちゃんには、特上寿司を目の前に置いて、好きなネタを選んでもらいました。喜んでたw
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